「社長、うちの会社は何を目指しているのでしょうか?」

ITエンジニアの受託開発や派遣事業で急成長してきた会社を経営するAさん(42歳)。

27歳で大手システム開発会社を退職、一念発起して会社を起業し、マンションの一室からスタートした。それから15年、リーマンショックも乗り越えて、企業規模も150名、売上・利益も上場を目指せるくらいのレベルに育て上げてきました。頑張ってきた甲斐あって、いっぱしのIT経営者として、ある程度名も知られるようになり、資産も作り上げてきたことには満足しています。若い世代の成功者として、ひと通りのネットワークができ、昔は話すことも叶わなかったようなVIPたちと豪勢な遊びも経験するようになったこともあって、昔のサラリーマン時代や、創業当初、毎月生き残ることにも苦労していた時代から思うと、完全に“抜け出せた感”を味わうこともできました。

ただ、豪華な遊びもひと通りやり尽くしたところで、ふと気が付くと、事業が停滞していることがとても気になってきました。

苦戦しているとか、悪化しているわけではなく、右肩上がりで来た売上が、ここ2年間、ほぼ横ばいになっていて、このままいくとあと半年で3期連続横ばいという階段の踊り場状態になっていたのでした。

売上の停滞が気になり始めたAさん。

そうなったら、いてもたってもいられない性格のAさんは至急幹部を集めて、戦略会議を実施します。幹部による戦略会議とはいっても、参加者は5名。Aさん以外は、開発部門のマネジャー2名(32歳と38歳)、営業マネジャー1名(30歳)、管理部門という名の経理マネジャー1名(33歳)の若手管理職4名です。

ちなみにAさんの会社の幹部管理職は、10期目くらいまでは、Aさんと同世代の仲間を中心に5名の取締役がいましたが、一人辞め、二人辞め、5年前からは、Aさんが若手社員から引き上げてきた課長クラスを幹部として取り扱ってきました。その後、抜擢して課長クラスに引き上げてきたメンバーもみんな長続きせず、常にできるだけ多くの若手を採用しては、その中から伸びしろが大きそうなメンバーを抜擢する、ということの繰り返しでした。

戦略会議に参加した4名のマネジャーも、1年以内にマネジャーになった人ばかりでした。また、会議の内容は(いつものことではありますが)、数字の資料をもとに、ほぼ一方的にAさんがマネジャーたちを問い詰めるだけの場でした。

Aさんによるマネジャー一人ひとりへの詰問が2時間くらい経過し、最後に営業マネジャーの番になりました。

Aさん 「結局、数字が上がっていないのは、営業チームの顧客対応がうまく回っていないからじゃないのか?開発案件が、一案件どまりでリピート率が低下しているから売上の座布団がなくなって、常に自転車操業になっているということだよね。営業としては、その点、どう考えているんだ?」

営業マネジャー 「社長、確かにリピート受注率が低下しているのは営業チームの責任は大きいと思います。でも5名のメンバーは、みんなサボってるわけでも、無能なわけでもありません。半年前のこの戦略会議で、新規獲得が最重要課題だと社長がおっしゃったことを受けて、既存顧客に対応する時間を大幅に減らすことも影響していると思います。開発トラブルが起こっても手が回らず、開発チームのPLのみなさんが顧客対応をしてくれていますが、それがさらに開発納期を遅らせる要因になっているとも聞いています。新規受注が大事だとおっしゃったこと自体をどうこう言うつもりはありませんが、今期の売上計画の未達は、組織全体の役割設計がうまく回っていないということも要因ではないかと思います」

Aさん 「ほう、なるほど。半年前の私の指示のせいで目標が達成できなかったというんだね?新規が重要だということと、既存顧客に手が回らないということは別の話だろう?そこをうまくやりくりするのがマネジャーの仕事じゃないのか?君は何のために役職手当をもらっているんだ?」

営業マネジャー 「営業チームの責任がきわめて大きいことは先ほど述べた通りです。そして営業チームの課題は私自身の責任です。社長のせいにしているというつもりもありません。いまさらではありますが、今後の対策として、新規開拓と既存顧客フォローのバランス変更についてもすでに指示は出してあります。戦略の変更についてはメンバーをしっかり説得でき、腹に落とせています。ただ、社長、どうしても自分だけでは語りきれないメンバーからの疑問がひとつあります。“うちの会社が世の中にどんな価値を作りたいのか?うちの会社が目指していることは何なのか?”ということです。」

Aさん 「なんか、もうああいえばこういうで、君はどうしようもないな。うちのビジョンは、口酸っぱくして言っているのにそれもわからないのか?ホームページにも書いたある通り、アジアナンバーワンのシステムインテグレータを目指す、ということがビジョンじゃないか?君自身もそれを知らないというのか?」

営業マネジャー 「社長、その言葉は新卒1年目でも知ってます。ただ、アジアナンバーワンという言葉が、何でナンバーワンなのか?もっと言えばなんのためにナンバーワンになるのか、が見えないということなんです。ナンバーワンになった時にだれがどう幸せになるのか?社員はどうなるのか、今後はぜひ幹部の皆さんでそのことを考えて伝えていただければと思います」

その会議を最後に営業マネジャーは退職しました。実は、会議の前に、すでに転職先も決まっていたそうです。

若き営業マネジャーの、会社生命を賭けたメッセージは、ワンマン経営者だったAさんの心に届き、ようやく離職が止まらない真因を理解することができたそうです。

Aさんは今、自分が得意な開発領域に打ち込めるよう、また、しっかり分権ができる体制を整えるべく、自分より年齢が上の人材も視野に、取締役や執行役員の採用に本腰を入れています。同時に、従業員視点でもビジョン設定にも取り組んでいるそうです。


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