「条件不一致」か?「働きがい不一致」か?

入社試験、面接、あるいは内定受諾の瞬間に、「がんばります」「期待しているよ」と、熱く言葉を交わし合った人と企業の関係が、なぜ解消することになってしまうのか?

もっと言えば、なぜ従業員の熱が冷めてしまい、退職することになってしまうのか?

転職支援アドバイザーとして、多数の方の転職相談をさせていただく中で、実に多種多様な退職理由をお聞きしてきました。

ちなみに、転職活動の中には、大きく3つくらいのフェーズがあって、それぞれに心の動き方や判断基準が違います。

1つ目は、本書のテーマでもある「退職理由」。「なぜ会社を辞めたのか」という理由です。

2つ目は、転職活動中にモノサシとする「転職検討時に重視する項目」です。仕事内容や給与、勤務地、休日休暇や勤務時間など、前職を退職することになった理由の裏返し条件もふくめて、比較的理想が高めの条件設定になりやすい傾向があります。

3つ目は、「転職先を決めた理由」です。退職理由とは真逆の、なぜその会社、その仕事に決めたのかという決定理由になります。

普通に考えると「退職理由」が起点となって、「転職検討時に重視する項目」「転職先を決めた理由」には一貫性というか、共通項が多いと思われがちですが、アンケートを取ると、この3つが全く異なる結果になっています。

男女の結婚や離婚に例えると、

  1. 退職理由=以前の配偶者と離婚した理由
  2. 転職先検討時の重視項目=再婚検討時の重視項目
  3. 転職先を決めた理由=新たな再婚相手を決めた理由

ということになります。

転職活動をしていると、キャリアコンサルタントから「あなたの“転職理由”は何ですか?」と聞かれることがありますが、これはほぼ上記①の“前職を退職した理由”を指しています。

話が横道にそれました。

退職理由は、結婚で例えると、以前の配偶者と離婚した理由ということなので、結婚で言うところの“性格の不一致”に該当するのが“働きごこちの不一致”ということになります。価値観や志向が合わないことが明確になり、もはや一緒に暮らしていても楽しくない、疲れる、生き生きと過ごせないという状況です。

“働きごこちの不一致”とは、たとえば、

  • 顧客志向に振り切っていた会社が、事業方針の転換で利益志向に変わってしまった。
  • 第一線の開発部署から、マネジメント職に異動になり、成長実感が得られなくなってしまった。
  • 新しい上司の細かすぎるマネジメントに耐えられない。結果を出すから任せてほしかった。

というパターンです。価値観、志向、仕事の進め方などでのギャップが原因となります。

また、もう一つのパターンが“条件の不一致”というものです。

年収や勤務時間、休日休暇などの条件が、働く側が求めるものと企業が提供できるものがすり合わなくなったということです。

“条件の不一致”を例示すると、

  • 会社で大活躍したが、あまり評価してもらえず、昇進もせず賞与も少なかった、
  • 独身時代は夜勤も平気だったが、結婚してから環境が変わり日中勤務にシフトしたくなった、
  • 仕事自体は大好きだが給与水準が低いので、やむなく年収のいい業界に転職する、

など、金額や時間などデジタルな要素でのギャップが原因になります。

「退職理由の質」が示す「人と企業の関係性」

退職理由がどのようなものであるかという観点とは別に、退職理由の質がどのようなものであったか、という観点があります。シンプルに言うと、円満退社だったのか、ケンカ別れだったのか、ということです。

退職理由が「条件の不一致」型のケースは、働く側の本人の環境が変わる(例:子供の進学が近付いた、親の介護が始まった、家を購入する計画を立てた)ことが起点で発生することも多いため、比較的、円満退社になりやすい傾向があります。もちろん会社側理由(たとえば経営戦略の失敗で業績が悪化し、報酬が下がらざるを得なくなった)という場合などは、しこりが残ることはありますが、とはいえそういうケースでもよほど経営者サイドに問題がある場合を除けば、やむをえなかったと受け止める人のほうが多いと思います。

逆に、退職理由が「働きごこちの不一致」型だった場合、価値観や志向のギャップによるものだけに、心理的にこじれやすく、不幸な別れ方となるケースが多くなります。

昨今、働く人が「エンプロイヤビリティー(雇用されうる能力)」を問われる動きが強まっていますが、実際には企業にも「雇用しうる能力」が問われており、退職理由の質は、主に企業側の雇用能力や包容性の有無を如実に示すものとなります。

優秀社員が退職した場合でも、退職するということがそのまま裏切り行為であるとして「あんなやつ、辞めてよかった」と、他責一辺倒になり自社の問題を直視しようとしないケースも多々あります。

この状態が改善されないままだと、やがて離職率の増加や、クチコミの影響などで新規採用をしても人が集まらないという深刻な事態に進展することもあります。

「一身上の都合」に隠されたメッセージ

退職には、「自己都合」か「会社都合」かという手続き上の分類があります。

会社都合とは、倒産や解雇の場合をはじめとして、会社移転で通えなくなった場合、基準を超える長時間の時間外労働で退職した場合、あるいはハラスメントなどで退職を余儀なくされた場合などに適用されます。

一方で、自己都合という場合は、きわめて多岐にわたりますが、個人側の事情で退職する場合をさします。その際、退職理由として、当たり障りのない定型句として「一身上の都合」という言葉が用いられます。

退職を申し出る際に、法律上、退職理由を詳細に伝える義務がないことが背景にありつつ「本当の理由を言いたくないが、会社側には察してほしい」や、「一身上の都合と言うことによって自己主張が強い人間と思われたくない」「会社に非はないことを伝えて円満退職したい」などの気持ちがあるのではないでしょうか。

会社によっては、退職届には詳細な理由を書かず、「一身上の都合」と書くのがマナーとする考え方もあるようです。

ちなみに「一身上の都合」とは、「自分の身の上に関する事柄」。簡単に言うと、個人的な事情や、家庭の事情という意味です。

江戸時代の離婚届が「三行半」と呼ばれ、離婚理由にあたる部分で、「我ら勝手につき」とか「不相応にて」など、具体的な理由に踏み込まずに当たり障りのない文言を使うことで、夫婦や両家の名に傷を付けないよう円満に離婚しようとした、日本人らしい配慮や名誉を守る行動傾向と共通するものがあります。「三行半」は、いまでは「性格の不一致」という言葉に変化して、あいまいさを維持し続けています。


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